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hirschkalb's blog

"I beseech you, in the bowels of Christ, think it possible that you may be mistaken."

異動までの期間を生存期間として何かを描いた話

論理的・論理風

個人的にこの記事は発展性があるので(ほんとに個人的にだけど)、しばらく使いまわしたい。
hirschkalb.hateblo.jp

使い回しシリーズその1は、生存曲線ぽいものを描いてみるの巻。
とりあえず最近インストールしたRを使うことにします。説明はコードのあとで。

これは何をしているのですか:

  1. 行列のべき乗( P^2 とか)が生のRだとできないみたいなので expmというパッケージを入れてる
  2. 遷移確率行列(前の記事で「遷移行列」と書いたやつ)を作る
  3. 初期状態(「いまの部署に居る」状態)を作る
  4. とりあえず20年分くらい推計してみようと思うので20年分の結果を入れておく容器を作る
  5. 20回まわす
  6. グラフを描く

結果は下図のとおり:

ということで、「どんなにつらくてもあと数年だからがんばって!」という感じ(何が?)。

参考:Stochastic matrix - Wikipedia, the free encyclopedia

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ちっさい

メモ

おお、行列の計算のやりかた間違ってた(ことに気づかないくらいの数学力 \epsilon だ)!

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とてもシンプルな異動モデル

新しい現場から 論理的・論理風

異動の確率(いまの部署に居残るかほかの部署に異動するか、でモデル化できる)を遷移行列*1で適当にあらわしてみると、こうなる:

P=\left[\begin{matrix}0.68&0.32\\0.01&0.99\end{matrix}\right]

この P はこう読む。すなわち、いまの部署Aで1年を過ごした後、その部署Aにもう1年いる確率は0.68であり、ほかの部署Bに移動したならば次の年にまたAに戻ってくる確率は0.01である。*2
さて、部署Aに配属されたてほやほや(0年目)の状態というのは、「部署A」への入力が1で「部署B」への入力が0のベクトルとして表すことができるから:

x^{(0)}=\left[\begin{matrix}1&0\end{matrix}\right]

1年経過後、つまり1年目のお勤めを終えた状態で、異動に関する予言は次のようになる:

x^{(1)}=x^{(0)}P=\left[\begin{matrix}1&0\end{matrix}\right]\left[\begin{matrix}0.68&0.32\\0.01&0.99\end{matrix}\right]=\left[\begin{matrix}0.68&0.32\end{matrix}\right]

要するに、7割くらいは部署Aに留まると思っていればよい。

2年目終了後のお告げは同じようにして次のとおり:

x^{(2)}=x^{(1)}P=x^{(0)}P^{2}=\left[\begin{matrix}1&0\end{matrix}\right]\left[\begin{matrix}0.68&0.32\\0.01&0.99\end{matrix}\right]^{2}=\left[\begin{matrix}0.4656&0.5344\end{matrix}\right]

または

x^{(2)}=x^{(1)}P=\left[\begin{matrix}0.68&0.32\end{matrix}\right]\left[\begin{matrix}0.68&0.32\\0.01&0.99\end{matrix}\right]=\left[\begin{matrix}0.4656&0.5344\end{matrix}\right]

3年目終了後は:

x^{(3)}=x^{(0)}P^{3}=\left[\begin{matrix}0.321952&0.678048\end{matrix}\right]

これらを条件付き確率の書き方で書いたり、状態遷移図を描いたり、この割合の標準誤差を出したり、「割合の差」の標準誤差を出したり、Rでimage(personnel)などして、4月を迎える前までいろいろ遊びたいと思う。こういうものは4月1日が到来してしまうとあまりおもしろくない。少なくとも占い的な愉しさはなくなる。

*1:ウィキペディアマルコフ連鎖の例という記事にあったtransition matrixという言葉を直訳したらこうなるんだけど、あってんのかな。

*2:長期的にはそんなことは考えにくいので、これは変なモデルではあるのだけど、いまは厳密なモデルづくりをしたいのではない。

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のどひこをふるわせて'R'

メモ

とりあえずアール入れた。アールスタジオはフェイタルエラーがでるのでいいや。裸のまま使ってたほうが何かとかっこいいはずだし。

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てふの効用

メモ

なんか、やっぱりテフって大したこと書いてないのに何か大層立派なものをこしらえたような気になれる(なるとは言っていない)。

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関数電卓で分布計算

論理的・論理風 メモ

先ほどと同様にp値を求めるとすれば、2万円という平均値の差を、その標準誤差である9900円で割った値である2.02という値を用いて、正規分布で中心(平均値)から標準偏差×2.02より大きい値が得られる確率を計算すればいい。実際に求めてみると、「大小問わず今回のような(標準偏差×2.02以上に大きい)差が得られる確率」は0.043と求められる。これが「平均ボーナスにまったく差はない」という帰無仮説がどれほどあり得ないかを示すp値である。言うまでもなくこれは5%という有意水準より小さい値だ。
(『統計学が最強の学問である[実践編]──データ分析のための思想と方法』(西内啓著))

これを関数電卓クラスウィズ)で確かめる場合と表計算ソフト(エクセル)で確かめる場合の方法に関するメモ。
手始めに、上の文はたぶん「なるべく数式なしで語ってください」という要請があってこうなったのかもしれないけど、ぱっと見るにはつらいので数式にしてみる(見やすくなるとは言っていない)。
まず、標準誤差 s標準偏差 \sigma /√(データ件数 n )ということを確認する。
これを前提に、平均値の差 mean_1-mean_2 の標準誤差 SE_{mean_1-mean_2} を示す:「両者の標準誤差 s_1,s_2 の二乗(=分散 {s_1}^2,{s_2}^2 )を足すことでできあがる分散 {s_1}^2+{s_2}^2 」のルート \sqrt{{s_1}^2+{s_2}^2}

SE_{mean_1-mean_2}=\Large{\sqrt{{\overbrace{\left(\frac{\overbrace{120000}^{\sigma_1}}{\sqrt{\overbrace{300}^{n_1}}}\right)}^{s_1}}^{2}+{\overbrace{\left(\frac{\overbrace{100000}^{\sigma_2}}{\sqrt{\overbrace{200}^{n_2}}}\right)}^{s_2}}^{2}}=}\normalsize{9899.494937\approx9900}

で、平均値の差が2万円だというので;

mean_1-mean_2=20000

となれば、「2万円という平均値の差を、その標準誤差である9900円で割った値」は;

\Large{\frac{mean_1-mean_2}{SE_{mean_1-mean_2}}=\frac{20000}{9900}=}\normalsize{2.02}

ようやく上記引用の「2.02という値を用いて、正規分布で中心(平均値)から標準偏差×2.02より大きい値が得られる確率を計算」する手前まできた。はあはあ……(もはやマイムテフ疲れ)。

しゃべりたかったのはここからなんだ。エクセルは次のようにすればいいらしい。

= ( 1 - normdists(2.02) ) * 2 ※結果は0.04338338753…

normdists(2.02)は、大雑把な言い方では「2.02より左側の正規分布の面積を出す」。いま知りたいのは2.02より右側の面積(と、-2.02より左側の面積)なので、上の計算では正規分布全体の面積1から左側を引き落としている。先の括弧の中で先走って述べたとおり、左側も実はほしいので、2倍している。左側もほしいのは上記引用にあるとおり「大小問わず今回のような(標準偏差×2.02以上に大きい)差が得られる確率」を求めているから。ビジュアルで示すとこんな感じ(青いQの面積を知りたい);
f:id:hirschkalb:20160221151405p:plain
さて、これを関数電卓でやるとどうなるか。たぶんはずかしいことなんだろうけど、かなり手こずった。ともかく、何にどれだけつまづいていたのかはすっとばして、こうやるといいらしい;

(上記引用をCASIO CLASSWIZ fx-JP900で確かめる手順)

  1. [ON] >[MENU SETUP] > [7(7:分布計算)] > [2(2:正規分布の累積分布)]
  2. 下端=-2.02、上端=2.02、σ=1、μ=0を入力し、[=] ※結果はP=0.9566166124
  3. [MENU SETUP] > [1(1:基本計算)]
  4. [1][-][Ans][=] ※結果は0.04338338764

関数電卓でやるときのポイントは太字のところ。

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本物の渡哲也

自由律俳句

渡哲也の偽物をみたことがない

評論の評論までやるので無敵もしくはゾンビ

「で、何?」という本を読んだ

読めない漢字伝えられない

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本物の偽薬

メモ

偽薬を偽薬として売るビジネス……! 目の付け所が鋭い。
錠剤を飲むという動作をしないとなんか落ち着かない、という人のためなんだそう。
私はね、煙草も単に「あなた煙を口から吐きたいだけなんじゃないの」と思われるひとがいて、ともすれば「煙を見られれば満足なんじゃないの」と思われるひとがいて、ときに超音波式アロマディフューザなど勧めてみたい気持になる。

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もはや幼さとか戦略とか関係なくなっちゃったよ

メモ

『幼さという戦略 「かわいい」と成熟の物語作法』(阿部公彦著)読んだ。T.S.エリオット辺りまでは読めたけどあとは読んでて嫌気が差した。私だめなんだなあ、ああいうサブカル批評が。雑な言い方だから言い直すと、サブカルを妙にカルチャーよりに引き寄せてみようとする語りとか、あるいはサブカルを妙に丁寧に解題してみせようとする仕方とか、こう、何も食べてないんだけど食傷気味なわけ。人の自慰を見せつけられているような──これまたみたことはないんだけども。ましてやサブカル批評の批評、メタ批評っていうんですかね、となると言うに及ばず。批評界隈のああいう言葉遣いにくらくらしてくるの。何よ、複数の女たちによる共同体的呪術性とのバランスの上に成り立った作品て。もっとタイトルどおり幼さを戦略として使ってだね、「女のひといっぱいいてなんかこわかったけどむしろこれがいいんだと思う」くらい砕く工夫して書けばいいんだよもう。
さて、なんで私はこのことに関してこんなにきつく嫌ってるんだろうな。
追伸。
穂村弘はフリとして山田航に自身の作品の解説をさせ、その山田解説への感想という体でちゃっかり自身による解説を加えている本(『世界中が夕焼け』(穂村弘、山田航共著))を出していて、今回『幼さ~』を読みながら感じたことには、この、自分の作品を身近な人と自分自身とで先んじて解説しきってしまうシステムってなんかさらっと評論家潰しのようで愉快だなって思った(「おめーの席ねぇから!」)。一名、飯の食い上げ。

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古み

耐え難き怒りなう!!!!

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100万くらいならつむぞ

怒りを簡単に鎮められたらどんなにいいだろう。
にゃー。

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おい書いちゃってるよ

メモ

みずからのやる気を削がないためにあえて興味分野は書かないというけれどね、きみ。
しかしね、きみは以前から書いてるじゃないか。
ほれ、最近書いた記事を見せてみろ。
ふうん。
推計、統計、確率、論理、法務、言語……こんなところじゃないか。
なかでも客観よりは主観、頻度よりはベイジャン、真理表よりは自然演繹、古典よりは様相、文芸よりは分析、法学よりはビジネス、民事よりは技術、文法よりはレトリック、美文よりは幼さ……そんなところじゃないか。
付け加えれば、何々よりは何々との思いに偽りはないものの、あまり詳しいところまで違いを意識しているわけでもない、というところじゃないだろうか。

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消したいウィッシュリスト

ロー 論理的・論理風

当座の興味は……とここからひとしきり書いたのだけど、結局、消した。
以前似たようなことをやって、結局頓挫してんのな。
これこれを勉強していきたいっ、って書いて、結局できてないの。
というわけで、どうやら書くことで失われそうなものがある。*1
端的にやる気とかね。
つまりは書いて満足。じつはこれこれを勉強したいのではなくこれこれを勉強しているといいたいだけ。
目標を書いちゃうとほんとうにそうなるときがある。
本当にやりたいなら静かにささっとやってればいいんだ。
あるいはこういうものについては、ぼんやり頭のなかで泳がせておくのがいいんだと思うことしきり。
あーでも書きたい!
……我慢だ!

*1:問:はたして書かなかったら勉強していたのだろうか。

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ローカルな賭け

メモ

4月に異動する確率は0.5952とみた!

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ツッコミ待ちの文章

まちがってるわけではないのにあえて突っ込まれそうな言葉遣いをちょいちょいしていきたいというのは、結局、執拗に(    )で書きたがる人たちと同じようなメンタリティを持っていることの証明のような気がしてきて、そのことは甚だ私を悲しがらせるんだけど、まあともかく、あってるけど古臭い、あるいはあってるのに間違ってるとすら思われかねない言葉遣いは、魅力的だ!*1
たとえば漱石の『門』にはこんな感じの表現があって*2、こういうのは今でも使っていきたい気持ちになる。

そこに気つかなかった宗助は~
※気付かなかった宗助は、とやりたい気持ちになるけど、のほうが味わい深い(気がする)。

結論に到着すると~
※結論に到すると、と書きたくなるところ。

明日から襟飾りなどをかけ替えたところ下らない事だ~
※かけ替えたところ下らない事だ、と書きがち。

宗助は御米に対して永久に天気を保証する訳にも行かなかった。
※永久に天気を保証って……ちょっとおもしろい。

やむを得ず中途で立ち上がった。
途中で、とやりがち。

小六にちょっとした好奇心出たため~
※好奇心出たため、なんて書くところ。

御米には少し案外であった
※案外、という活用をするんだなあ……これ副詞のはずなんだけど、おもしろい。

自分に責任少しでも加わったため~
※責任

呼息よりほかに現実世界と交通のないように思われる深い眠も~
※ここに交通を使いますか……! どうしても交通=車の印象。

主人も評語を添えた
※言った、述べた、コメントした、といえばいいようなところもあえてこう表現したいかも。

そのうち定期の三週間も過ぎ~
※現代では定期単体を名詞として使う場合は定期券を指す場合が多いけれど、予定の代わりにいいかも。

こういう言葉遣いというのはレトリックともちがって(たとえばレトリック事典なんかで引いて出てくるものじゃなくて)、都度蒐集していくしかないのかもしれない。

*1:クソ意地悪いともいうらしい。

*2:当時は自然に使っていたのだと思うけれど。

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