hirschkalb's blog

"I beseech you, in the bowels of Christ, think it possible that you may be mistaken."

プログラマこそコミュニケーション能力をとか言われるわけ

Design, Make and Test という開発の流れの中で、Test にかかわることが断然多い者のひとことふたこと。


『OOエンジニアの輪!第 40 回 関 将俊 さんの巻』
http://www.ogis-ri.co.jp/otc/hiroba/others/OORing/interview40.html#fn26

--- どうしてですか? テストを専門やっている人達と、ちょっと文化が違うんでしょうか?

違いますね。目指しているところが違うのかもしれないけど、話のあわなさが面白いですよね。テストの範囲、つまり自分たちのできる範囲でいろいろしようとがんばることがいやですね。そうじゃなくて、設計を正せばいいじゃんと。それをやらないで、自分たちの範囲内でできることを最大限広げて解決しようとがんばりますよね?

私は JaSST という団体の詳細をよく分かってはいないのですが、テストに対してただ「新人や下っ端がやるもの」といった印象しか持たないような人は、少し遠慮したい、というくらいの想いは持っています。


ということで JaSST に参加するなどというほど真面目な「ソフトウェアテストエンジニア」ではないのですが*1、「自分たちの範囲内でできることを最大限広げて解決しようとがんばりますよね?」は、少し痛いところ突かれた気がします。


たとえば、本当のところは「Testable design and code でお願いします」と言いたいところだけれども、私がそのような発言をしたときに予想できる返答は、「下っ端が何を言ってやがる。」ではないかと思うのです。実際に口に出さないにしろ、多少なりとも、そう思われるはず。


だから、「自分のできる範囲でがんばっちゃう」。


「テストしづらい設計?テストしづらいコード?ああ、なんでもこいよ。こっちで全部吸収してやる」といったスタンスになってしまう。


でも、理想ははじめから Testable design and code で私のところまで流れてくること、かな、と、思っています。


つまり、やっぱり「Testable design and code でお願いします」といいたい。


そういったことを言える雰囲気に持っていくことは、これは一種の(磨くべき・習得すべき)技術であって、それは普通「コミュニケーション能力」と呼ばれているものなのだと思います。

*1:つまり、「最大限広げて解決しようとがんば」ってるかというと、それほどがんばってもいない。

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