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hirschkalb's blog

"I beseech you, in the bowels of Christ, think it possible that you may be mistaken."

論理的だけど合っていない・非論理的だけど合っている The principle of the uniformity of nature

「この仕事を1件こなすのに5分かかるんでしょう?そして、それが30件ある。それなら、150分あれば終わるよね?」
「そういうことになりますね」
「それ、絶対に、終わるんだね?」
「いいえ。絶対に、終わらないと思います」

あなたの目の前に、「論理的だが、最終的に必ず現実と合わない計画を立てることが多い者」と、「非論理的だが、最終的に必ず現実と合う計画を立てることが多い者」がいたとします。


どちらかをあなたの仲間として選択せよと言われたならば、世の上司たちはどちらを選ぶことが多いのでしょうか?

何のための計画?

私は、後者です。仮にその方法が甲骨を用いた占いの結果であったり、あるいは、猿に目隠しをしてダーツをあてさせた結果であったとしても、その結果として導かれる計画が、最終的に現実とよりマッチしているのである限り、「非論理的だが、最終的に必ず現実と合う計画を立てる者」を仲間にしたいと思います。


なぜなら、私がほしいと思うのは「論理的な計画」ではなく「信頼に値する計画」だからです。


そして、上記の例の場合、後者のほうがよっぽど科学的*1なのかもしれません。

計画は絶対に遅れない

私の理想を言うならば、「計画は絶対に遅れないもの」です。なぜなら、その計画の中には「『想定外のこと』が起こること」も含まれているからです。そして、「想定外のこと」は、その定義上、論理的に導けないのです。(論理的に導けたのならば、ただちにそれは「想定内のこと」の下に分類されることになるからです。)


定義上、論理的に導けないものに対しては、論理以外の方法で導く方法が有効です。したがって、そこで甲骨文字が出てくること、あるいは、猿のダーツが出てくること、あるいは、訳の分からない部下の未来予知*2が導入されることは、合理的なこと・尤もらしいことと考えます。もし、それらによって正しい予想が得られるのならば。

「計画の理由」は十分条件

もちろん、その部下の「未来予知」に理由を付けられることが望ましいと思います。しかし、理由が出ない限り無効とするのならば、その上司と部下はアンハッピーにならざるを得ません。

「家が燃えています。水をかけてみたところ、火がおさまりました。もっと水をかけましょう」
「なぜ火に水をかけると火がおさまるのか、説明できるのか?」
「科学的な説明を求めているのであれば、即答はできません」
「ならば駄目だ」

と言われ、私が燃える家を傍目に百科事典などにアクセスしている状態が望ましいことなのか、あるいは望ましくないことなのか。この判断は、それほど困難なものではないと思っています。

*1:「科学的=科学風」なのか、それとも真に「科学的」という意味で用いたのかはグレーにしたいと思います。

*2:私の提言

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