hirschkalb's blog

"I beseech you, in the bowels of Christ, think it possible that you may be mistaken."

しゃくしゃく余裕でアナリーゼ - 今度こそ

『JOY』(YUKI、蔦谷好位置 作詞、蔦谷好位置 作曲)の歌詞の一節という比較的カジュアルな素材をだしに、論理学における様相の量化という比較的アカデミックな話題をおさらいしようという前回の試み(http://d.hatena.ne.jp/hirschkalb/20110626/1309097478)は、タイトルどおり余裕綽々とはならず、それどころか途中で投げ出す結果となってしまいました。


今回はそのリターンマッチです。

ゴールの確認


前回のお題は、次のような文章を論理式に翻訳することでした。正確には、「偶然」「必然」「可能」といった様相をあらわす論理記号を用いた式に翻訳し、その後それらを「少なくともひとつの」「すべての」といった量化をあらわす論理記号の用いた式に表現を変えること、が真の目的でした。*1

運命は必然ではなくて偶然でできている

使いたい記号


前回はなるべく自然と思われる順番で話を進めたかったため、使いたい記号は必要となるときまで表に出さないという方針で進めましたが、どうやら不味い戦略だったようです。今回は、さっさと使いたいと思っている記号を先に表明してしまうことにしましょう。

記号 意味
 \text{P} 真偽が定まるような文または命題(別にほかのアルファベットでもかまわない)
 \box \text{P}  \text{P}が真であることは必然である
 \diamond \text{P}  \text{P}が真であることは可能である
 \bigtriangledown \text{P}  \text{P}が真であることは偶然である
 \sim \text{P}  \text{P}は偽である
 \text{P} \supset \text{Q}  \text{P}ならば \text{Q}である
 \text{P} \equiv \text{Q}  \text{P} \text{Q}の真偽は一致する
 \text{F}a  a(主語)は \text{F}(述語)である

「運命」を命題にするには


件の一節を様相をあらわす論理式に変換するにあたって、何が困難であったか(または困難であると錯覚していたか)というと、「運命」という、真偽を評価できないただの単語について、本来命題の前にしか付与できない \box \bigtriangledownを用いた表現に持ち込もうとしたことにあります。


一例として \boxをあげると、これを命題(真か偽か決まるもの)の前に付与することは正しいのです。すなわち \box(ある命題)というような使い方は問題ありません。


しかるに「運命」とは何かといいますと、これはただの単語であって真偽が定まるものではありませんから、無理に記号をあてがってみたところで \box(単語)となり、これを \boxの意味するところにあてはめると「(単語)が真であることは必然である」(……?)ということになってしまいます。これでは意味不明です。


以上のことから、どうしても「運命」と様相記号とで遊びたいならば、「運命」を何か真偽の定まる命題に変換するより仕方がない、ということになります。


手元の辞書にあたってみたところ、どうやら「運命」は以下のような文に変換することによって、真偽の定まる命題とすることができそうです。

運命 = 出来事は人間の意志ではどうにもならない……これを \text{P}とします


そうと決まれば、例の一節を変換することはさほど困難なことではなさそうです。「運命は必然でなく〜」は次のように書けます。

「運命は必然でなく〜」
=「出来事は人間の意志ではどうにもならない、というのは必然、なのではない」
 \sim \box \text{P}


そして「(運命は)偶然でできている」は次のように書けるでしょう。

「(運命は)偶然でできている」
=「出来事は人間の意志ではどうにもならない、というのは偶然である」
 \bigtriangledown \text{P}


ここで、もしかすると不満があろうかと思います。元の歌詞は「運命は必然でなく偶然だ」といっているのではなく「運命は必然でなく偶然でできている」と歌っているのであって、勝手に「できている」を除くのは不正ではないかと。


まさに前回の混乱の原因のひとつがこの「できている」をうまく扱えなかったことにあるのですが、不満を感じる方には、さしあたり次のように解釈していただくとしましょう。


たとえば、「人間は水分でできている」という文章を考えます。これは日常言語レベルでは問題のない記述でしょうが、厳密にはこのように書かれるはずです。すなわち、「人間のxx%は水分である」と。


上の文章を人の発した自然言語として解釈し、かつ、寛容の原理を適用すれば、誰も「『人間は水分でできている』だと? 人間は水分以外のものでもできているから、お前の言っていることはウソだ!」といった反論はしないでしょう。


ただ、今回の歌詞は次のような構造が採られています。すなわち、「PはAではなくBでできている」。これはどちらかといえば次のような文章に近いはずです──「本は紙とインクでできているのではなく文章でできている」──つまり、本にとっては紙やインクが本質なのではなく、本質は文章そのものにある、と。


この解釈をよしとすれば、「〜でできている」という述語は省略可能といえます。例文で示すとこうです。「本は紙とインクではない。本は文章だ」。同様にして、「PはAではなくBでできている」は「PはAではなくBだ」ということができます。納得していただけたでしょうか……?*2

いよいよ論理式へ


ところどころ苦しい修正を迫られましたが、なんとか歌詞の記号化にこぎつけることができました。改めて観賞してみましょう。(「〜ではなく〜だ」は「〜ではない。かつ〜だ」と同じことです。そこで、「かつ」をあらわす記号 \wedgeを導入します。)

「運命は必然ではなく偶然でできている」 \sim \box \text{P} \wedge \bigtriangledown \text{P}


さて、本記事を最終回とする予定があっさりと崩れてしまいました。ここまでたどり着くのに2記事を費やすとは……(もともと本記事に文字数制限などありませんが、感覚的によしとする分量で区切っておかないと後々編集がしづらくなるのです)。次回こそ目的を果たせるといいなと思います。

*1:何を隠そう「偶然」や「必然」という単語が入った歌詞をだしに使ったのはそういった理由からです。

*2:納得していただけない場合は、本記事の目的は歌詞の厳密な記号化にあるのではなく、あくまで様相の量化のおさらいにあるのだ──実のところ解釈の仕方はここではトリビアルな事柄に過ぎない、という態度が要請されていると思ってくださいませ。

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