hirschkalb's blog

"I beseech you, in the bowels of Christ, think it possible that you may be mistaken."

暗闇に射す光は

人生に疲れ、生きる気力を失いかけたとき、人々が救済を求める先は大きく分けて3つほど挙げられそうです。


ひとつはオカルト&スピリチュアルペア(O)。もうひとつは宗教(R)。そして最後に哲学&論理学ペア(P)。憂き世に正しく光明を投げかけるのはいったい……。

3つの光源


「宗教は蛍のようなものだ。光るためには暗闇を必要とする」とは誰の言だったか忘れましたが、言わんとしているところには多くの人が納得するものと予想できます。Rは不幸と共生関係にあると。


Oはわりと女性誌界隈では受けがよいらしくて、おそらく一定の金額で自分の気分をよくすることができることにおいて支持されているのだと思われます。


特段不幸を食い物にしている風もなく(「私は気分よくてもわるくてもインセンスは焚くよ」と。)、また科学を標榜していないものはわりと安全・安心かもしれません。


遠巻きに眺めるとOとRはひとつにまとめちゃってもよさそうな気がしないでもありません。が、それはあまりに雑かもです。アロマセラピーなどは上の分けかたではOへ分類されるでしょう。そして、あまりRとは言いがたいはずです。


ホメオパシーはP風の衣をまとったOといえます*1。もしかするとR的に信じている人もいるかもしれませんが。


難しいのはビジネス書・自己啓発書群です。きっちりとPにとどまるものもあれば、O性を特に臆面もなく前面に出すものもあって、どっこい、華麗にRへと脱皮しちゃってるものもありますし(『トイレ掃除の習慣で誰でも夢のように成功できる!魔法の年収何倍アップの法則』のようなタイトルはO系R系が匂いますね)。

ふりかえり


さて、私の個人的な救済手段の評価をざっくり振り返るとこうなります。

学生時代: ただぼんやりとした不安Lv. 1 ──哲学・論理学(P)への招待


数学は苦手だけど文系より理系の価値に重きを置いていた私は、やたら数式を派手に提示せずとも依然として理系の芳香を放つ論理学周辺へと興味を示してはじめていました。


ほぼ同時にファッションとして哲学周辺の書物も読むべきだろうと、カジュアルに読めるものに手を出します。救済度は5段階評価の1〜2としましょう。

新入社員時代: わりとはっきりとした不安Lv. 1──P系ビジネス書・自己啓発書物への招待


会社内での立ち居振る舞いに戸惑いを覚えていたころに、わりと理路整然と書かれたビジネスパーソン向け新書をいろいろと手に取る。効果はあるけれど1ヶ月程度で切れてしまう。


持続性がないのですね(主語は「本に」ではなくて「私に」です)。効果が切れたらまた読み直せばよろしいと。救済度は5段階評価の2ほど。

それなりの会社員時代: わりとはっきりとした不安Lv. 2──O系ビジネス書・自己啓発書物への招待


いろいろの事情があいまって会社内での地位が危ぶまれてきたとき、これまで気持ちが悪くて手を出していなかった、根拠はないが説得力はある成功本系についにコンタクト。


読んでみると妙に高ぶる。高ぶりすぎて現実とのギャップにさいなまれる。しかし効果は妙に持続。時に周りの人間を見下すことができるほどの展望を得ることも。それで痛い目に遭うわけですが。ということで今から振り返ると結局のところ救済度は5段階評価の-3です。


ちなみに宗教は食わず嫌いであることは一貫しているのですが、この時期、「宗教にハマる人の気が知れない」という従来の思いから、「まあ、宗教にすがる人の気持ちがわからないでもないかな」くらいには変化しました。他人の考えに対して少しばかり余裕ができたといえましょうか。

自由と貧困の無職時代: ただぼんやりとした不安Lv. 2──哲学・論理学(P)への再招待


これは振り返りというより現在の話なのですが。評価から先に言ってしまうとPがいちばん私にとって救済度の高いものとなっています。5段階評価で4〜5あたり。


もっとも、「そんなことがいえるほど哲学/論理してるの?(できる能力があるの?)」と問われれば、私の理解など野狐禅・生禅というべきものです。本を読んでそのまま「はあそういうもんですかあ」と感心している程度に過ぎません。


ただ、もともとが工学的なOやRより*2、もともとが純粋な科学の体を保つPのほうが現実世界への実践的応用を求める声に媚びていないと思われます。


なので、たとえ「はあそういうもんですかあ」的に口をあけて待っているような人に対しても、特に科学のほうからはこちらの口に怪しい薬を投げ込んでくるようなことはないだろうと安心できるわけです。*3


現実世界で確実に集客の必要のあるOやRは、時に客の獲得のためならこちらの口に怪しい薬も投げ込んでくる可能性があるだろうが、科学は集客には比較的無関心(それより大切なことがある)から、そのてん私たちは安心してP系書物を服用できるはずなのだ、と。*4


そして、P系書物の中にはかつて私が抱いていたような「しょせん、哲学は謎を謎のまま保存してありがたがることに興味があって、論理学のほうはといえば、その論理系の中で閉じているかぎりにおいて正しいようなことを述べ立てては遊んでいるのだろう」という思いを払拭してくれるほど、わりと現実世界の考え方・倫理感の改訂を迫ってくるようなタイプのものもあるものです。


工学と違って科学は集客に比較的無関心なのかもしれませんが、だからといって浮き世への応用にまったく興味がないわけでもなさそうです。


そのような態度を持つPに一時的にでもかかわりあうことは、OやRに眩惑されることよりもずっと安全安心・健全妥当のように感じられるのです。


はて、なぜか一冊も具体名を挙げずに書いてみましたが、なぜでしょうね。

*1:ホメオパシーまわりについてはなんとなくの考えをhttp://d.hatena.ne.jp/hirschkalb/20110630/1309421097で述べています。

*2:うーん。OやRに「エンジニアリング」という言葉は適切かは怪しいものですが。

*3:うーん。われながらここのパラグラフは何を言っているのかわかりません。が、とりあえず一定のニュアンスは伝えられていると信じて(あと、推敲の気力がないので)このまま。

*4:前のパラグラフはおそらくこれを言いたかったのです。

広告を非表示にする