hirschkalb's blog

"I beseech you, in the bowels of Christ, think it possible that you may be mistaken."

パスティーシュと接続詞とそれに混ぜた洒落臭いやつ批判

──XPつかいたいわー、とつぶやくことがどうやら知性の証明になっているようだ。もっとも、いまさらサポート期限90日を切ったらしいXPにほんとうに戻れるわけはなくて、少し賢くみえるからそう言っているだけなのかもしれないが、じつのところ、なぜ少し賢くみえるのか、ちっともわからないでいる。なかでもすでに乗り換えてしまった人たちからXPに戻りたいという声を聞くと、ますますわからない。おそらくこの手の人たちは、サイドバーやらガジェットやらを消すことに優越感を覚えたり、壁紙を「なし」に設定することに誇りを持ったり、アンチエイリアスの施されたフォントをぼけた滲んだ見づらいものと指摘することに利口さを感じたり、ときにはリッチなテーマを廃しクラシック表示にする行為に熟達者としての美学を見出したりする。そこに「一般ユーザとはちがう自分」を確認する。いや、これらは必ずしもファッションでやるのではなく、本当にそのような必要があってやっていることもあるだろう。また、当人がそこまで明確なポリシーを持ってやっているわけでもなさそうだ。だからであろう、本人になぜそうするのかをきいてみると、なんとなくということが多いのだ。だいいち、いまどきテーマをクラシック表示にすることで動作が軽くなるように体感できるならば、そのようなハードを使っていることのほうに関心が寄せられ、優越感を覚えるどころではなさそうである。が、それはさておき、とにかくXPの人気はいまだ高い。あるいは、使い慣れたOSを手放したくない人が一定数いる。──

 ……この文章は何かというと、ある文章の接続詞およびそれに類するものをそっくり利用して、かつ別な内容の文章をつくろうという試みでこしらえたものです。実験するにあたって、普段わたしがしゃらくせえと思っていたことを題材にしたわけですが、どうもそのしゃらくせえという思いがまさって最後まで続けられなくなってしまいました。清水義範の本に、(極端に大雑把に言ってしまうと、)パスティーシュは接続詞を真似ることがひとつのポイントであるということが述べられてあって、それに触発されたのでした。

広告を非表示にする