hirschkalb's blog

"I beseech you, in the bowels of Christ, think it possible that you may be mistaken."

江分利満氏はエブリマン氏と読むのか(読めてなかった)

いま私は山口瞳を読んでますよエッヘンて話を書きます。

私が言いたいのはなんだかんだでこのことだけなんだろうと思ったから、さっさと1行目に書いておく。

それで、あとは一応で書くのだけど、さてそのことをどういう話し方で伝えたかったかというと、これです。『小説・競馬必勝法』。この冒頭をいま読んでおりました。曰く、僕には霊感があると。例えばテレビのクイズ番組で、一等はハワイへご招待というようなのがある。これがどのハガキの送り主に当たるかがわかるのだと。

 一枚のハガキには、岩手県✕✕郡、梅干しわ子、無職、六十七歳と書かれていたとする。このお婆さんが当選したら、びっくりして腰を抜かすだろう。ハワイへ行ってもしようがない。そう思って消す。

 もう一枚は、横浜市、星野菫、タイピスト、二十九歳であったとする。僕にはこの女の顔が見えてくる。こんな根性曲りの老嬢(実際にオールド・ミスかどうかは知らぬ)に幸運が訪れるわけがないと思って捨てる。

ここでふと読むのを一時停止し、あれ、「老嬢」とはどういう意味だったかしらと、辞書をひく。未婚のままの中年過ぎの女性とある。今度はあれ、「中年」とはどういう意味だったかな、となって、これも辞書をひく。やはり、中年というのは50代半ばからのことだろう。20代後半BBA論はわりと以前からあったのかと思いました。ちなみにこの文章が発表されたのは『小説現代』70・4月号とのこと。

ところで「ハワイへ行ってもしようがない。そう思って消す」というのはじわじわ来ますね。行きたいから応募してるのだろうに……。

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