hirschkalb's blog

"I beseech you, in the bowels of Christ, think it possible that you may be mistaken."

【発作定期】歴史的仮名遣(い|ひ)?の周辺

いま読んでいる本の、論の進め方がなんかもういちいちかっこよく感じるので、読み終えたらそのうちやろうと思っていたけれどもう我慢できず、ちょっとさっそく私の興味のある分野に持ち込んでまねてみる日記。

GK擁護論を(1)GKとRKの違いを縮小する消極的擁護論、(2)GKのメリットをアピールする積極的擁護論、の両面から眺めるほか、三番目のカテゴリをみてみることにしよう。

つまり、RKのほうがGKより表記法として優れているとか、合理的だとか、そういう原理論について発言するのではなく、「RKに拘泥することは不利である、愚かである、損である」等の政治的観点からRK厨批判を展開する。RK厨の価値観そのものではなく、「RK厨であること」の反─価値を説く。RK厨の主張内容にではなく姿勢を批判するのだ。

換言すると、理論的な批判ではなく「政治的な」批判を試みるわけである。

私が「RKは好きなのにRKに拘泥するひとはきらい」と思っていたのはたぶんここなんだろうな。RK厨のその政治的にヘッタクソな振る舞い*1のせいで、RK自体の印象を下げ、RK表記を好むものに否定的なイメージをまとわりつかせた。 って、さっき下校途中の高校生が言ってました。

*1:ロマンチックな素敵な趣味的立場を放棄して表記法の合理性などといった小賢しさに退避したために、現代においてRKに再改革することの合理性と対峙せざるを得ない状況を自ら勝手に生み出したこと……というよりはですね……単純に「RK厨ってキモい・粘着質・めんどくさい」といった印象を与えたこと、そしてその印象が実際に正鵠を射ているだろう事前確率がどうもかなり高そうなことですよね。

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