hirschkalb's blog

"I beseech you, in the bowels of Christ, think it possible that you may be mistaken."

山月記的

東独の人は「西では冷蔵庫ひとつとってもあれこれある中から選ばなくちゃならない。大変だ」といったそうな。そして、私も冷蔵庫を選ぶのがあまり好きじゃない。他方、可能性をいつまでも放たず、留保して、握っておくことには心地よさを感じる。具体的には、まだ物に化けていないお金、まだ相手を決めていない独身状態、月曜日に休むか火曜日に休むか決められる状態の日曜日*1、何者にもなれ(そうな気にさせてくれ)る若さ、こういうものはずっと選べる状態、あるいは可能性のままにしておくのがすごく好きなのですが、

さて、この差はなんだろうか。つまり、選択するのは面倒くさい一方で、選択権がある状況に対してはありがたくおもうことに、矛盾はないだろうか。

こんなクイズが立ち上がってきた。ひとつ、東欧の冷蔵庫のケースで考えてみよう。

  1. 複数の冷蔵庫から一つを選べ」→面倒くさい
  2. 複数の冷蔵庫から一つを選んでよい」→ありがとう 

こういう分類の仕方でよいだろうか。これに共感してもらえるならば、おそらく次のケースにも共感してもらえそう。

  • 期限ありクーポンが面倒くさい。はっきりいうといらない。
  • 期限あり商品券が面倒くさい。よくもこんなものをよこしたな。

なぜこれに共感してもらえるはずと見込んでいるかというと、選択権の消滅する点が共通しているからだ。選択権をずっとはもたせてくれない点が共通しているからだ。1と2はじつは、

  1. 複数の冷蔵庫から一つを(いま)選べ」→(いま選択させられ選択権が失われるなんて)面倒くさい
  2. 複数の冷蔵庫から一つを(いつでも)選んでよい」→(いつまでも選択を留保できるなんて)ありがとう

というかっこ書きがついていたので、まったく別のことを言っている。クイズに立ち戻ると、《選択の面倒くさいこと(選択権の消滅)》と《選択権のありがたいこと(選択権の保持)》に矛盾はない、というのがクイズの答え。選択権は、使わないで持っておくことに意義がある。処女みたいなもんだ。(利いた風な口をきくなー!aa略

なお別解。1は義務、2は権利。よって2つは異なるもので、何も矛盾していない。教育の義務は(幼少時代にとっては)面倒なものだが、教育の権利は(あるていど年をとったら)ありがたいものだ(とおもう)。

*1:そういう日があったんです。

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