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hirschkalb's blog

"I beseech you, in the bowels of Christ, think it possible that you may be mistaken."

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メモ

少し前に書いた私の記事に対するツッコミでもあるのですが、確率計算だとか推計だとかって、「自分の実感とよく合う」ためにやっているのではないと思うのよ。「自分の実感とよく合う」ように信頼区間変えたり検定方法変えたり、「きれいなグラフ」が描けるようにデータをもうちょっと集めてみようと思ったり、なんかへんな感じがする。たとえば、4次元以上の計算なんかを*1「自分の実感と合わない(というか人として実感できないはずだけど)からテロ」という人が仮にいるとすれば、

お前がそう思うならそうなんだろう お前の中ではな

でおしまいなのかなあ。

……とはいえ、確率的な問題に関してはその誤った信念により当人が長期的に損を実感すれば、やがて「自分の実感」とやらが修正(「更新」? 「改訂」?)されるのだろうし、ほっとけばいいのか。

もともと、確率のお勉強って事象を「自分の実感」に寄せていくためにやっているのではなかったはずで、「自分の実感」を正しい実感に作り変えていくためにやっているはずなのでした。(少なくとも私はそんな感じ)

*1:「なにそれ」といわれるとよくわかんないけど、線形代数とかでそういうのなかったっけ。n次元空間での2つのベクトルの直交条件とか「自分の実感」をいくら追い求めても見つからないはず。

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