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hirschkalb's blog

"I beseech you, in the bowels of Christ, think it possible that you may be mistaken."

もはや幼さとか戦略とか関係なくなっちゃったよ

メモ

『幼さという戦略 「かわいい」と成熟の物語作法』(阿部公彦著)読んだ。T.S.エリオット辺りまでは読めたけどあとは読んでて嫌気が差した。私だめなんだなあ、ああいうサブカル批評が。雑な言い方だから言い直すと、サブカルを妙にカルチャーよりに引き寄せてみようとする語りとか、あるいはサブカルを妙に丁寧に解題してみせようとする仕方とか、こう、何も食べてないんだけど食傷気味なわけ。人の自慰を見せつけられているような──これまたみたことはないんだけども。ましてやサブカル批評の批評、メタ批評っていうんですかね、となると言うに及ばず。批評界隈のああいう言葉遣いにくらくらしてくるの。何よ、複数の女たちによる共同体的呪術性とのバランスの上に成り立った作品て。もっとタイトルどおり幼さを戦略として使ってだね、「女のひといっぱいいてなんかこわかったけどむしろこれがいいんだと思う」くらい砕く工夫して書けばいいんだよもう。
さて、なんで私はこのことに関してこんなにきつく嫌ってるんだろうな。
追伸。
穂村弘はフリとして山田航に自身の作品の解説をさせ、その山田解説への感想という体でちゃっかり自身による解説を加えている本(『世界中が夕焼け』(穂村弘、山田航共著))を出していて、今回『幼さ~』を読みながら感じたことには、この、自分の作品を身近な人と自分自身とで先んじて解説しきってしまうシステムってなんかさらっと評論家潰しのようで愉快だなって思った(「おめーの席ねぇから!」)。一名、飯の食い上げ。

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